学生時代の友人たちが嫌でたまらない。昔からの友人と話が合わない。地元の友人と疎遠になってしまった人。

学生時代の友人との付き合いが合わなくなってきました。育った地元で結婚し暮らしています。仲の良かった友人も何人もおり、未だに付き合いが続いています。

いつも決まったメンバーで、集まる時は皆の予定が合うまで検討します。なので、いかないわけにもいかず行ける日に合わせてくれるので 毎回憂鬱です。結婚し環境が変わり色々あって、自分ははっきり言って陰キャラになりました。青春時代は明るい方だったので学生時代の友人は明るく前向きでいわゆる勝ち組。なんとなく負い目があり話すのがしんどいです。私はどうしてもネガ話になり、時々スルーされますがそれは当然です。言わないようにしてても結局嫌な事ばかり口から出てしまいます。一方友人達の子供は勉強やスポーツで活躍して自慢話大会になり、それに嫉妬している自分に正直ウンザリ。そこにいるのが苦痛で自分にも相手にもイライラ。そして、当時の自分の知らない友達の華々しい近況も噂しているのを聞くと自分も話のネタにされてるんだろうと思うと凄く嫌です。よく彼らの内輪を聞いてるとはっきり言って自分はただの人数要員だろうと思ってしまいます。個々はいい人です。悪気はないと思います。でも、これから先こういうのがずっと続くと思うと憂鬱です。狭い田舎なのでフェードアウト出来ないかなと考えたりもします。同じかんじの方いらっしゃいますか?

学生時代の友人たちが嫌でたまらない。

20代女性です。
地方都市から首都圏へ出て働いてます。
お盆?お正月など、地元も友人グループからメールが回ってきて「皆で集まろう」との話になります。これまでも都合がつけば集まりに出席していました。
しかし、最近ではメールが回ってくるのですら嫌悪感を覚えるようになってしまいました。
理由は、
地元でそのまま就職し、実家暮らしの友人の世間の狭さ。
結婚しても実家依存で毎日実家通い。話題も子供や実家の家族のことばかり。
職場が自分に合わないと転々と職を変えては文句ばかりいう。
アルバイトしかせず、一切の生活を実親に頼っている。
恋愛がうまくいかず、縁がないのはすべて相手のせい。
等々、自分と価値観の合わない部分が顕著に感じるようになったからです。
友人たちがすべて悪いとはいいませんし、他人の生活スタイルに文句を言いたい訳でもないのですが、
とにかくこれらの友人たちと関わるのが嫌でたまらなくなったのです、自分でも不思議なぐらいに。
メールが回ってきても、急に素っ気なくなった私に不信感を持ち始めた友人もいると思います。このままだと疎遠になると思います。
友人たちと縁を切りたくはない、しかし、付き合いも苦痛なのです。
すごく苦しい気持ちなんです。
私、どうしてこんな感情になってしまったのでしょうか?

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昔からの友人と話が合わない。

近ごろ、学生時代からの友人と会話が盛り上がらない…。何でも話せて居心地の良かった友人との時間を心から楽しめなくなっている。そう感じている人はいませんか?

家族社会学を専門に扱う社会学者で、『生涯未婚時代』の著者でもある永田夏来さんは、「背景にあるのは、女性の生き方が多様化していること。それに加えて、インターネットが普及し始めた1990年代からこのような悩みを抱える女性が増えたように感じます」と前置きした上で、以下のように続けます。

「これまでは、専業主婦やバリキャリなど違うライフコースを選択していても、それなりに友人関係を続けられるケースが多く見受けられました。なぜかというと、ネットが普及する前は、たまの帰省や電話でのおしゃべりなどの接点しかなかったからです。一方で、近ごろのアラサー女性たちの友人関係には、SNSが大きく影響していると考えられます。相手の暮らしや考え方をSNSで目にする機会が増えたため、ちょっとした違いが気になってしまうのではないでしょうか」

学生時代には悩みや楽しさを共有できた友人が、自分とは違う生き方や考え方をしている。知らなければ気にならなかったことをSNSの投稿で目にしてしまうと、「あの子は変わってしまった。以前のようには付き合えない」と思ってしまうのかもしれません。

学生時代のように共有できることが少なくなってしまった。大切な友人であることに変わりはないのに、うまく付き合えないのはなぜだろう…。そんなモヤモヤを打破する方法の一つに「宝探し」があるそうです。

「宝探しというのは、相手の良さを探して両者が居心地よく過ごせるポイントを見つけることです。学生時代は、恋愛や部活、勉強などすべての事柄を分かち合う全人格的なつながりで人間関係を作る傾向にあります。でも、社会に出ると誰もがさまざまな役割を担うようになり、テーマごとに友人を替えて付き合うようになる。学生時代のような付き合い方を無理なく続けられるならいいけど、そこに固執しすぎてしまうと互いに相手を傷つけることになりかねません。

まずは、友人との関係性において大切にしていることは何なのかを見つけることが重要です。互いにライフスタイルが変化したとしても、その人との変わらない共通点は必ずあるはずですから」

一方で、どんなに努力しても相手のいいところを見つけられない場合もあります。そんなときは、一時的に友人と距離を置くのも一つの方法だそう。

「相手との居心地の良さを見つけられないときは、自分にとって何が居心地いいのか分からなくなっていることが多いからです。例えば、『自分がつらいときに友人と会って元気になろうと思ったのに、話が合わなくて楽しめなかった』という場合、それは相手のせいではなく、自分のコンディションがあまりよくないからだと考えられます。友人と少し距離を置くなどして、自分を大事にすることを心がけてみるといいですよ」

自分とは違うライフコースを選んだ友人の何げない発言を、マウントを取られたように感じたり、ねたましく思ってしまったり…。友人に対してマイナスの感情が芽生えてしまったときも、自分自身を見つめ直す必要があるそうです。

「自分の状態によって、相手が発する言葉の受け取り方も変わってくると思います。まずは、友人のどういう発言が不愉快になるのか、何をねたましく思っているのかを考えてみましょう。自分自身のドロドロとした感情を直視するのは気が重いかもしれませんが、しっかり向き合って解決することが大切です」

友人と一時的に距離を置いたからといって、嫌いになったり関係を絶ったりする必要はないと永田さんは話します。友人関係を考えるヒントとなるのが、永田さんが提唱する「ポケモン?人生」という考え方です。

「ポケモン同士を戦わせながらポケモンのコンプリートを目指すのと同様に、そのときの自分にとって大事なものを選んでいくのが『ポケモン人生』という考え方です。ここで見失わないようにしたいのが、現時点で選ばなかったポケモンについて。

例えば、ピカチュウを選ばなかったからといって、いらなくなったり嫌いになったりするわけではありません。この先にまたピカチュウを必要とするときが来るかもしれないですから。友人関係も同じで、今はうまく付き合えなかったとしても、年を重ねたら変化が現れるかもしれません。今の自分に必要ないからとすぐに手放してしまうよりも、ポケモン的に考えたほうがずっと生きやすくなると思いますよ」

友人関係を良くするためのもう一つのヒントとして永田さんがオススメするのは、自分の中にいろいろな顔を持つこと。接する相手によって自分を変えるのは、主体性がないようで気が引けてしまうかもしれません。しかし、たくさんの顔を持つことは、自分を豊かにすることにもつながるのだそうです。

「仕事仲間だからできる話や、学生時代からの友人だからできる話など、相手によって話せる内容も異なりますよね。最初は意識的に“顔”を使い分けることで、自分と友人にとって居心地よく過ごせる“顔”を見つけられるようになります。同時に、『相手に合わせすぎていた』と偽っていた自分にも気づけるはず。“顔”が増えていくにつれて、本当の自分により近づけると思います」

という専門家からのアドバイス。

友人との関係にモヤモヤを感じたときは、自分について考えるいい機会でもある。まずは、「どうすれば自分が居心地よくいられるのか」から考えてみるといいかもしれません。

地元の友人と疎遠になってしまった人。

 就職で上京し、地元に残った友人に帰省の都度連絡してゴハン食べたりしてたけれど、いつも連絡はこちら側からで、お互いに話すことも職場の愚痴か全部事後報告な内容ばかり。それでも「ライトな付き合いの方が、細く長く続くかな?」と思ったけど、お互いに結婚したら経済格差が出てきて、相手の愚痴に全て共感出来なくなってきたり、うっすらと妬まれたり。向こうから疎遠にされた。 相手からしたら、東京で適当にやっている風にしか見えない私が、自分よりも良い結婚をした決してそうとは限らないのが嫌なんだろう。

女って、自分と対等もしくは少し大変そうな相手とは友達になる生き物。